戸澤の週報
2025年08月30日
「負ける」を考える
週末に少しだけ涼しい日がありました。
あまりに暑い日が続いていたため、忘れていた心地よさでした。
また暑さが戻るようですので、気を抜いてはいけませんね。
先週出会い、印象に残った言葉です。
「打ち負かされることと負けることは違う」
同じ負けるという言葉を使いますが、打ち負かされるとは、相手(人とは限らない)の能力や技術などに圧倒され力で負けることです。
一方で、負けるとは自分で負けたと思い、あきらめることです。
例えば、仕事で何かに挑戦し、自分の力が及ばず、何度もうまく行かないとします。
なんて自分の力はちっぽけなもので、無力なのだろうと思うことは珍しいことではありません。
この状態は打ち負かされている状態ですね。
しかし、ここで努力を止めてしまうかどうかは人によって分かれます。
何度打ちのめされても、その度に立ち上がり、しつこく食らいついていく人がいます。
この人は、いつかその勝負に勝つことができるかもしれません。
もちろん勝てる保証はありません。
しかし、あきらめたその瞬間に、本当の敗北が決定し、二度と勝つことはなくなることは間違いありません。
なんとなく頭ではわかっていることですが、言葉で整理できると心に留めやすいものです。
もう1つ学んだのは、古代ギリシャでの時間の感覚を表す言葉で「クロノス」と「カイロス」です。
クロノスとは流れる時間の連続のことで、1時間、1日など計測可能な時のことを表します。
対してカイロスとは、質的な時間を指します。
絶好のチャンスであるとか、歴史的な一コマのように、意味のある一瞬を指すイメージです。
紀元前5世紀、今から約2500年も前のことです。
いかに古代ギリシャの精神世界が進んでいたか、これらのことからも考えられます。
古代人からして見たら、毎日が生存のための戦いだったと思います。
短命で戦争の多い厳しい時代で、平均寿命は30~40歳と言われています。
そんな環境が、時間に対する深い洞察を生んだのかもしれません。
自分の中で勝つ事とは負けないことと言っても良さそうです。
どれだけ打ちのめされたとしても負けないこと。
そして、いつかやってくるカイロスを決して見逃すことなく、活かすこと。
時には待つ事も大切なことであると思います。
このことの繰り返しが、豊かさを生み出してくれるのかもしれません。
負けない者にだけ、カイロスの瞬間は訪れるということでしょう。
季節の移ろいの中にある小さな涼しさも、そんな瞬間のひとつかもしれません。