戸澤の週報
2025年11月22日
人が成長するということ
関東ではようやく秋の一番終わりに秋晴れの空となりました。
コートが必要になる寒さではありますが、この時期の空気から受けるひんやりとする感覚は心地良く感じます。
何か少し懐かしさすら感じます。子供の頃に外で遊び回っていた頃の記憶かもしれません。
社会に出て働いている人を周りから見ていると、すくすく成長する人とそうではない人がいます。
本人の考え方だとか、資質などもあるかと思いますが、本日はそこには触れずに「場」の視点から考えてみたいと思います。
自分自身の経験を振り返ってみても、人が一番成長するのは「自分で考え」「自分で決めて」「自分でやる」時です。
決して、上司から言われたことをやる時ではありません。
私自身多くの会社を知っているわけではありませんが、特に大手企業を中心に新しく入ってきた人を大事に育てます。
ここで言う「大事に育てる」とは、新しく入社した人が独り立ちするまで、上司や周りの先輩が優しく教え、一緒に仕事をするイメージです。
良い側面もありますが、反面自分の仕事を人の判断に委ねているとも言えます。
会社という単位でみると、必ず外部と接点があり、様々な人とのコミュニケーションがあります。
この外部とのコミュニケーションの場は、その会社の成長を左右する本気の戦いの場です。
その本気の場での向かい合っている相手とのやり取りで、全てが決まっていきます。
通常の企業ですとこの場に新しく入ってきた人間を座らせるのに数年かかります。
10年してようやく座ることができるなんてことも十分にあるでしょう。
かつて日本の元服は15歳前後でした。
元服後は親の保護下を離れ、自分の判断に責任を持つ存在とみなされ、政治・軍事・仕事に参加できるようになります。
商人であれば、家業の一人前として扱われ、顧客応対や取引の第一線に立つことを求められます。
数100年前の日本と比べると現代は隔世の感があります。
この違いはなぜ起こるのかを自分なりに考えてみました。
元服と呼ばれ始めた平安時代から鎌倉・室町時代を経て江戸時代は、現在の株式会社のような大規模組織はほとんどありませんでした。
家の単位で家計を成り立たせていたため、一人一人が貴重な存在でした。
昭和に入ってからは、ベビーブームも合わさって社会を支える人に余裕ができた時期となりました。
そのため、責任ある仕事に着くまでに、年功序列となっていたと思われます。これはあえて急いで育てなかったと言っても良いかもしれません。
そこから数10年経った令和の現在では、大きく事情が変わってきました。
出生率は大きく下がり、物価も上がってきて、簡単に人を雇うということが難しくなってきています。
本来であれば、相対的に一人一人に割り当てる全社全体の責任仕事が多くなってきます。
しかし、ここ数十年培ってしまった、ゆっくりと大事に育てるという文化が残っているが故に、ラインのリーダーにかかる負荷がとても大きくなってしまいました。
1000年以上前の日本人と比べて、現代の日本人が劣っているとは思いません。
成長までの時間軸の捉え方が違うだけです。
始めから10年計画で育成するのと、すぐに独り立ちしてもらいたい環境があるのでは大きな違いあります。
準備なくやみくもに責任ある仕事を任せれば良いというわけではありません。
しかし、上司や先輩の傘を取り払い、厳しい世の中と直接繋がることは、その会社の置かれた状況を理解する上で非常に重要です。
任せても良いと判断できる場合には、思い切って場を作って実際にやってもらうことが大切だと思います。
世の中の人から教わる一言は、上司が教えるレクチャーの何十倍もインパクトがあります。
実際に当社でも仕入先との繋がりを責任を持たせてやってもらったところ、今までとは全く目つきが変わり、話す内容も変わってくるので驚きます。
「傘を外し世の中と繋がる」
このことは会社の競争力を上げることはもちろんのこと、日本全体にとっても大きなインパクトのある考え方だと思います。









